さくら
(京都御所 左近の桜)

この種は、紫宸殿正面の階段から見て左にあった桜の樹。左近桜という名称は、殿上で儀式のあるときこの桜の方に左近衛の陣を敷いたことによる。
育成は簡単(花後に枝を切り、水好きなので水をタップリ与え、病気の薬剤を散布) です。

日本人は、桜に対する感性は格別なものがあります。その儚い美しさを「美」として表現しました。

花言葉・・・優れた美人、純潔、心の美、精神美
神話・・・神代、コノハナサクヤヒメが日本最初に桜の種を富士山から撒いたそうです
伝説・・・神様は、女の願いを聞くそうです。
現代・・・おめでたい花で結婚式や結納では、桜湯が飲まれています

コラム
★春にいっせいに咲きほこる花、桜。わたしたちの心をこれほど
惹きつける花はないかもしれません。ほのかに色づくつぼみから
優美な花を咲かせる姿は、人に圧倒的な感動を与えます。
今年はちょっと贅沢に、二回も花が咲く、桜をお部屋に飾ってみてはいかがですか。

左近桜(さこんのさくら)関連情報
左近桜(さこんのさくら) - Wikipedia:平安京の内裏にある紫宸殿正面の階段から見て左にあった桜の樹。右近橘に相対した。
左近桜という名称は、殿上で儀式のあるときこの桜の方に左近衛の陣を敷いたことによる。南殿の桜ともいう。
もとは梅の樹で桓武天皇の平安京遷都のときに植えられたが、承和年間(834年-847年)に枯死したため、仁明天皇のときに梅の
代わりに桜を植えた[1]。
貞観年間(859年-876年)に枯れたが、その根から生じた芽を坂上滝守が勅命で培養し、ふたたび枝葉が盛んになった。
天徳3年(959年)9月、内裏焼失のとき桜も焼けたため、内裏造営におよんで、重明親王の家の吉野桜(ヤマザクラと考えられる[1])
を移植し、康保元年(964年)11月、同2年(965年)正月の2回にわたり改栽した。その後しばしば焼け、堀河天皇のときに植えたもの
が最後となった。現在の京都御所にも古式に則って再建されたものが伝わっている。

10月桜。春と秋の二回咲くサクラです。年間の超ベストセラーになりました!!!コンパクトに可愛く作りました。初めての方にも育てやすく丈夫な植物です。
わかりやすい、お手入れの仕方

《 置き場所 》
日当たりが良い、窓辺で育成が出来ます。部屋の中で飾る場合は、
一週間を限度として、屋外に出し太陽に当ててください。
花が咲いたら部屋の中で鑑賞出来ます。
【さくらは、日光に十分当てるのが育成のポイントです】

《水やり 》
鉢の培用土が乾いたら(白くなったら)、水を与えてください。
【さくらは、水切れがないように、水を与えるのがポイントです】

《肥料 》
鉢が小さいので、化学肥料ならば5粒程度です。多く与えても枯れ
ません。今年は施肥は3月、5月、9月に与えてください。

《この木は落葉樹です 》
冬に落葉します。枯れるのではありません。その後素敵な花が咲き
ます。4月に新芽が出て、5月には新緑が素敵です。


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